代表執行役員 CEO
2023年10月
「人的資本経営」が、さらに次のステージへ
進もうとする勇気を与えてくれた
2023年は丸井グループが次のステージへと進む節目の年になりそうです。これまで取り組んできたさまざまなこと、その点と点がつながって、線になってきたことでめざす姿がようやく見えてきました。また、私たちが取り組んできたことが時代と同期し、社会と共鳴し始めているようにも感じます。
そう感じるようになったきっかけが、「人的資本経営」をめぐる近年の動向です。「人的資本経営」は人を価値創造の主体ととらえ、人の力を活かし、人に投資することで企業価値を高めよう、という考え方です。従来の人をコストととらえ、管理することを主眼としてきた経営と対比されます。欧米ではかねてから重視されていましたが、日本でも2020年ごろから経済産業省などを中心に議論が進みました。
そして、2023年3月期から有価証券報告書に人的資本に関する情報の開示が義務化されたことで、一気に注目を集めることになり、2022年は「人的資本元年」といわれるまでになりました。こうした動向に応えて、当社は2022年5月の決算説明会で「丸井グループの人的資本経営」について株主・投資家に説明しました(「人的資本経営#1~企業文化の変革~」参照)。また、同6月には有価証券報告書への開示も行いました。
そうした中で気づいたのは、世の中で「人的資本経営」と呼ばれているものが、私たちが2007年以来15年以上にわたって取り組んできたことと驚くほど重なっている、ということでした。
もちろん、15年前には「人的資本経営」という言葉もありませんでしたので、私たちはいわゆる「人的資本経営」を実践してきたわけではありません。経営理念である「人の成長=企業の成長」の実現に向けて、私たちが「こんな会社にしたい」「こんな風に働きたい」と願って取り組んできたさまざまなことが、結果的に人的資本経営とシンクロしていたのです。
この偶然の一致は、私たちにある気づきをもたらしました。私たちが大事だと思って取り組んできたことが、時代の歩みと同期し、社会の価値観と共鳴しているという感覚です。自分たちにとって大事なことが、世の中にとっても大事なことで、時代の求めるものとも一致しているという感覚は、私たちに喜びと、さらに次のステージへ進もうとする勇気を与えてくれました。
めざす姿を揺るぎのないものにするため、
定款に「企業理念の実践」を新設
そこで、「人的資本経営」というテーマに沿いつつ、これまでの経緯と今後のめざすべき姿についてご説明します(なお、以下の記述は「人的資本経営#2~社会課題解決企業への進化~」を踏まえていますので、ご興味のある方はこちらもご参照ください)。
丸井グループは2019年に「VISION 2050」を公表し、その中で「社会課題の解決と利益の二項対立を乗り越える」というビジョンを掲げました。これを受けて、2021年からスタートした中期経営計画では、利益や資本効率などの財務目標に加えて、「インパクト目標」を設けました。
インパクトは、丸井グループが取り組む社会課題のことです。私たちがめざしたのは、単に新たな目標を付け加えることではなく、「インパクト目標を達成することで、その結果として財務目標を達成する」という新しい経営のあり方でした。しかしながら、インパクト目標については、大きなテーマは決まったものの、具体的にどのように事業に落とし込んでいったらいいか試行錯誤が続きました。
そうした中、少しずつですが、インパクトと利益を両立させるイノベーションが生まれてきました。今回の共創経営レポートでもご紹介するサステナブル・シューズの「Kesou」や再生可能エネルギー、応援投資、ヘラルボニーカードなどの取り組みです。これらの事例は、まだ小さな「芽」にすぎませんが、インパクトと利益という「双葉」をつけています。
新設した定款第2条
「企業理念の実践」
当会社は「お客さまのお役に立つために進化し続ける」「人の成長=企業の成長」という経営理念に基づき、「すべての人が『しあわせ』を感じられるインクルーシブな社会を共に創る」ことをミッションとする。
すなわち、金融と小売の融合を通じて、経済的な豊かさだけでなく精神的な豊かさとしての「しあわせ」を提供すること、一部の人たちだけでなく、すべての人が「しあわせ」になれる社会の実現をめざす。
しかしながら、このように大きなミッションを当会社の力だけで実現することは叶わない。そこで、私たちは、お客さまをはじめ、株主・投資家の皆さま、地域・社会の皆さま、お取引先さま、そして未来を担う将来世代の皆さまとの共創を通じてミッションの実現に取り組む。
当会社はステークホルダーとの「共創経営」を実践することで、すべてのステークホルダーの「利益」と「しあわせ」の調和を実現し、ビジネスを通じて社会課題の解決と利益の両立をめざす。
私たちは、こうした芽を増やし、成長させることで、大きな樹に育て上げ、たくさんの果実を実らせることで、社会課題解決企業へと進化していきたいと思います。このめざす姿を揺るぎのないものにするために、2023年6月の株主総会では定款の変更を行いました。定款は会社を運営していくうえでのルールをまとめたもので、「会社の憲法」ともいわれています。株主さまだけでなく、すべての関係者の皆さまにとって重要なものですので、新設した定款第2条「企業理念の実践」の全文を上記にご紹介します。
経営理念に基づき「すべての人が『しあわせ』を感じられるインクルーシブな社会を共に創る」というミッションが“Why”、それを実現するために「すべてのステークホルダーと共創する」ことが“How”、そして、「社会課題の解決と利益の両立をめざす」ことを“What”と規定することで、社会課題解決企業への進化を宣言しています。
特徴は、インパクトKPIと連動させる形で
財務KPIを設定していること
定款の変更とあわせて、2021年に策定した「インパクト目標」を改定し、「インパクト2.0」にアップデートしました(図1参照)。「インパクト2.0」では、理念・ミッションの実現に向けて何を行うのか、という目標を示しています。
図1 : インパクトのアップデート
加えて、2030年に向けたインパクトKPIと財務KPIも設定しました(図2参照)。KPIとは、組織の目標を達成するための重要な業績評価指標のことで、おもに数値で表されます。インパクトのように成果を数字で表しにくいものでもあえて数字で目標を設定することによって、取り組みが目標に向けて順調に進んでいるかどうかを確認できるようになります。
図2 : インパクトKPIと財務KPI
丸井グループの特徴は、インパクトKPIと連動させる形で財務KPIを設定していることです。その理由は、インパクトと利益を両立させるためですが、問題はどのようにしてこれらを両立させるかです。そのためには、インパクト目標の達成がどのようにして財務目標の達成につながるのかという道筋を示す必要があります。このように、ある取り組みがその目的に達するまでの道筋を論理的な因果関係で示すもののことを「ロジックモデル」といいます。
6月に公表した「IMPACT BOOK 2023」では、インパクト目標ごとの取り組みが、どのようにしてインパクトの実現と同時に利益や資本効率につながるのかというロジックモデルを示すとともに、各目標の進捗状況についてもご報告していますので、ご興味のある方はぜひご覧になってください。
創造力を全開にするため、
「仕事を通じてフローを体験できる組織」をつくる
ところで、「利益追求」だけでなく、また、「社会課題解決」だけでもなく、二つを両立させることは、「言うは易し、行うは難し」で、並大抵ではない困難が予測されます。こうした高いハードルを乗り越えるためには、一人ひとりの「創造力」を全開にすることが必要です。
では、どうしたら一人ひとりの創造力を引き出し、全開にできるでしょうか。私たちが注目するのが、チクセントミハイという心理学者が提唱する「フロー」という概念です。人はその能力と挑戦のレベルがうまく釣り合っている時に「時を忘れ、我を忘れて」没頭する状態を経験することがありますが、これがフローです。
チクセントミハイは、人はフローを体験することで創造力をフルに発揮することができ、それによって困難なチャレンジを達成し、成長することができると言います。また、フローはその体験自体が「しあわせ」をもたらします。私たちは、「仕事を通じてフローを体験できる組織」をつくることで、めざす姿の実現と社員一人ひとりのしあわせの両立をめざします。
そのために、二つの取り組みを進めます。「働き方と組織のイノベーション」と「DXの推進」です。
まず、働き方と組織のイノベーションでは、プロジェクト型の働き方を拡大します。これまでの縦型の組織だけでなく、部門を超えて横、斜めに協業できるプロジェクト型の働き方や、イニシアティブ、投資先のスタートアップ企業との協業を進める共創チームなどを拡げていきます。
また、「課長のいない組織」にもチャレンジします。人と組織の管理を担う課長が、組織の長ではなく、チームのサポーターとして、上から横にまわることで、一人ひとりのメンバーが自立自走するフラットな組織をつくり、チームとしての創造力を促します。
あわせて、早期登用も加速します。人事制度を改定し、「企業価値への貢献が期待できる人材」には、「人的資本投資」として飛び級を認めることで、現状、最速で29歳のマネジメント職への登用を26歳に早めます。若手の優秀な人材が早期に活躍できる舞台を用意することで、イノベーションの創出を加速します。
次に、DXの推進です。現状とめざす姿とのギャップを埋めるためには、デジタルの力を活かすことが欠かせません。デジタルはレバレッジとスピードを与えてくれます。また、インパクトと利益の両立という高いハードルを乗り越えるには、高速で仮説検証をくり返すことが必要です。しかしながら、DXを進めるための課題は、これを担える人材がいないことでした。そこで、2022年4月、UXデザインの先進企業であるグッドパッチ社との合弁会社「Muture」を設立し、丸井グループのブランドでは採用できなかった人材の採用を開始しました。おかげさまで、業界でも有数の人材が続々と参画してくれていて、アプリやWebサービスの開発に貢献してくれています。
その一方で、新たな課題が浮かび上がってきました。専門人材の活躍で、プロダクトを開発することはできるようになりましたが、プロダクト開発を全社に拡げ、継続的に進化させるためには、関連する組織全体をアジャイルな組織へと変革しなければならない、という課題です。
当社はこれまで、いわゆる基幹系システム開発を得意としてきましたが、これとはまったく異なるアジャイル系の組織開発については、リードできる人材もノウハウも欠けています。そこで、Mutureの合弁先であるグッドパッチ社の土屋社長にお願いして、2023年6月から執行役員CDXO(Chief Digital Transformation Officer)に就任していただきました。土屋社長は、組織開発に関して高度な知見をお持ちですので、デジタルの専門家と経営者の両方の視点からアドバイスをいただくことで、アジャイルな組織の開発を進めてまいります。
行動KPIとして、チャレンジに向けた
「打席数」や「試行回数」を設ける
以上を踏まえて、今後はさらなる企業文化の変革に取り組みます。当社はこれまでも「手挙げの文化」など、独自の取り組みを通じて企業文化の変革を進めてきましたが、今後は、自ら「社会実験企業」を宣言することで、「失敗を許容し挑戦を奨励する文化」を育みます。そのために、行動KPIとして、チャレンジに向けた「打席数」や「試行回数」などを設けます。
「打席数」は、プロジェクトやイニシアティブ、共創チームなどへの参加や、社内のアプリ開発、Webサービスの開発コンテストなどへの参加人数をカウントします。また、「試行回数」は、業務改善や新たなサービス、プロダクトの開発、新規事業の開発などイノベーションに向けたチャレンジの回数を成功事例だけでなく失敗事例も含めてカウントします。
いずれも2031年3月期までに5000回以上をめざします。すでに新規事業の失敗事例については社内の表彰制度において、Fail Forward賞として表彰するとともに、失敗事例の共有会を開催するなどの試みも始まっています。さまざまなチャレンジに「社会実験」として取り組むことで、「失敗」にまつわるネガティブなイメージを拭い去り、誰もが失敗を当たり前のこととして、恐れることなく挑戦できる企業文化をめざします。
おそらく、そのような企業文化は、当社に限らず多くの日本企業に求められているものだと考えられます。私たちは「社会実験企業」として、こうした共通課題に、自らが実験台となり、率先して取り組むことで社会に貢献していきたいと思います。そして、「社会実験」を通じて、イノベーションを創出し続ける企業になることをめざします。
人的資本投資による社会課題解決企業への進化を通じて、
「高成長かつ高還元」を実現
これらと連動して、人への投資を拡大していきます。当社の人的資本投資の内部収益率(投資によって見込まれる利回り)は12.7%と、店舗などを中心とした有形投資の基準となる利回りの10%を上回っています。したがって、今後は人的資本投資を5年間で650億円以上に拡大することで、高効率な経営を実現していきます。
あわせて、人的資本投資を拡大することで、企業価値を高めていきます。企業価値に占める無形資産の割合は、米国の90%に対して、日本企業は32%と低い水準にとどまっています。当社の無形資産比率は現状44%ですが、今後は人的資本投資を通じて、2030年を目処に米国並みの80%まで高めることで、企業価値の向上をめざします。
そして、これらを通じて従来の「成長か還元か」の二項対立を乗り越え、「高成長かつ高還元」を実現する新たな経営へと進化していきます。
最後に、今後のめざすべき企業価値です。人的資本投資による社会課題解決企業への進化を通じて、現状10%程度のROEを将来的に25%まで高め、現状1.7倍のPBRを5倍まで高めていきます。
5年後、10年後に振り返った時、「2023年は丸井グループが新たなステージへと飛躍した節目の年だった」と言えるように、これからも全力で、いえ、フロー状態で(笑)皆さまとの「共創」に取り組んでいきます。お客さま、株主・投資家さま、お取引先さま、地域・社会の皆さま、そして将来世代の皆さまの変わらぬご支援をお願い申し上げます。